2010 年 12 月 のアーカイブ

だるま窯復元プロジェクト

高浜市の方々と三州瓦の有志が集まって、高浜にある丸栄製瓦さんが持っているだるま窯を復元し、昔ながらの製法で瓦を制作し、12月18日に窯開きをしたので見てきました。
社名が当社と似ているため、誤解されることが多いですが、当社とは関係はありません。随分昔には取引関係があったようです。
12月11日に火入れがおこなわれ、衣浦グランドホテルにて、火入れに合わせて土窯サミットがおこなわれました。群馬や淡路など現存するだるま窯にかかわっている人に集まっていただき、だるま窯に関する報告会と、パネルディスカッションがおこなわれました。当社の会長も三州の昔を知る者として、パネラーで出席させていただきました。普段接することのないいろいろな粘土瓦産地の方と接する機会ができ、楽しい時間を過ごさせていただきました。
40年ほど前までは、碧南市の新川の川沿いにも、いくつもだるま窯を見ることができました。しかし、三州で現存するものは、高浜市の丸栄製瓦さんの一基を残すのみです。三州ではかなり年配の人しかだるま窯で瓦を焼いた経験がないため、今、復元しないと誰もわからなくなってしまうということで、復元プロジェクトがたちあがったようです。

だるま窯復元プロジェクト窯出し

だるま窯復元プロジェクト窯出し

 当社からも製造本部のO君に復元プロジェクトの手伝いをしてもらいました。ご苦労さまでした。

だるま窯によって焼成された瓦

だるま窯によって焼成された瓦

今のいぶし瓦は瓦を割ると中まで灰色をしていますが、昔の瓦は表面だけが灰色で中は白くなっていました。今回だるま窯で焼成された瓦も中までいぶしの入っていない、中が白い昔のような瓦を作ることができたようです。現在の大きな窯で焼いた瓦にはない味わいが有り、羨ましくも感じます。

秋葉講

三州瓦産地の中でも粘土瓦製造業者は、昔は高浜市の田戸地区と碧南市の新川地区に集中していました。当社は新川地区発祥の瓦メーカーです。昔は新川の川の両側に瓦メーカーの軒を連ねていました。石炭等の原料を船で運んでいたことと、瓦の出荷も船でおこなわれていた時代があったからです。
昔の工場は木造で、窯で火を使うため、火事が頻繁におこりました。
新川の瓦業者では現在も火の神様である静岡県の秋葉神社にお参りする風習が続いています。籤を引いて当たった会社が代参をおこない、各社のお札を貰ってきて、各社に配るのですが、以前はたくさんの会社があったため、籤にあたることは稀であったのですが、現在は新川の瓦業者が少なくなってしまったため、数回に一度はあたってしまいます。年配の人に聞いてもまちまちな事を言うため、この風習がいつから続いているのかは解かりませんが、20年ほど前に随分古い資料を見たことがあります。100社以上の名簿があったように思います。その資料も今は散逸してしまいました。
今年は総参りとのことで新川の瓦業者全員でお参りに行ってきました。20年ほど前には大型バスだったのですが、今回は欠席者も有り5人での総参りとなり、乗用車で行くことになりました。かつては泊りがけで行っていたのでしょうが、今では夕方までには充分帰ってこられます。

秋葉神社上社からの景色

秋葉神社上社からの景色

今回は上社に行ってきました。上社は山の上にあり、下社は山の麓にあります。車で行こうとすると上社から下社に行くのには約1時間かかるというので、位置関係がよくわかりませんでしたが、前回、籤であたったときに両方行ってみて、始めて位置関係がわかってきました。歩いても2時間とのことですが、車だととても大回りしなければならないようです。

秋葉神社上社での祈祷

秋葉神社上社での祈祷

代参の時には秋葉神社のお札と共に三尺坊というお寺のお札ももらってくることになっているのですが、いつも里坊というところでもらっています。三尺坊には行ったことがなかったため、前回来たときに、ナビで行こうとしたのですが、道がありませんでした。諦めて里坊に行き聞くと、歩いてでしか行くことはできないとのことでした。山道を1時間半かかるそうです。一度歩いて、下社から、上社、三尺坊に行ってみたいですが、同行者の同意は得られないように思われます。